東京地方裁判所 平成11年(ワ)28686号 判決
原告 坂田浩一
原告 中村清
右原告ら訴訟代理人弁護士 村上誠
同 山根一弘
同 高橋和敏
同 鴨志田哲也
同 今朝丸一
同 井上玲子
被告 テンプスタッフ株式会社
右代表者代表取締役 篠原欣子
右訴訟代理人弁護士 的場徹
同 長谷一雄
同 佐藤高章
同 福崎真也
同 山田庸一
主文
一 被告は、原告に対し、二一五万二八九七円及びこれに対する平成一二年一月一五日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同じ。
第二事案の概要
一 本件は、被告が東京テレメッセージ株式会社(以下「原告」という。)との間で、無線呼出サービス(いわゆるポケットベル)利用契約を締結し、その利用を行っていたところ、原告が裁判所に対し、会社更生手続開始の申立てをした後、被告に対し、右利用契約に基づく利用料金の請求をしたところ、被告は、原告に対し、被告の原告に対する労働者派遣契約に基づく派遣料金と、右利用料金とを相殺するとしたことから、原告が、被告の右相殺は、会社更生法(以下、単に「法」という。)一六三条二号により禁止されているとしたが、これに対し、被告は、右利用料金債務は、法一六三条二号但書により相殺が禁止されていないと主張して争った事案である。
二 当事者間に争いのない事実
1 原告は、ポケットベルによる無線呼出しサービス等を業とする会社であり、被告は、労働者派遣事業等を業とする会社である。
2 原告は、平成一一年五月二五日、東京地方裁判所に更生手続開始の申立てを行い、同年八月二四日、同裁判所において更生手続開始決定がされた。原告は、被告に対し、同年五月二五日、原告が東京地方裁判所に対し、更生手続開始の申立てを行い、同裁判所から財産保全命令が出された旨の通知を行い、同通知は、右同日被告に到達した。
3 原告は、被告との間で、別紙「利用ポケベル一覧表」記載のとおり、平成三年三月二日から平成一一年七月一二日の間に、被告が原告に対し、月額利用料金として、利用ポケットベルの機種・利用領域等の種別により、それぞれ決められた料金を二か月ごとに支払月の末日までに支払う、被告は、あらかじめ原告に通知することにより本件利用契約を解除することができるが、その場合、被告は、契約を解除した当該月分の基本使用料等の利用料金を支払う義務があるとの内容の、合計三五四台のポケットベルについて無線呼出サービス利用契約を締結し(以下「本件利用契約」という。なお、その間に機種変更等の契約内容に変更があった場合には、変更時を申込日とする。)、原告は、被告に対し、別紙「利用ポケベル一覧表」の呼出番号欄記載の各呼出し番号を割り当てた。
4 被告は、原告に対し、本件利用契約により別紙「利用ポケベル一覧表」記載のとおり、原告に対し、平成一一年五月から同年八月までの利用料金(以下「本件利用料金」という。)合計二八三万一九九一円の支払義務があるところ、被告は、原告に対し、本件利用料金のうち六万八五五九円を支払ったので、本件利用料金の残額は、二七六万三四三二円である。
5 被告は、原告との間で、労働者派遣契約を締結し、労働者派遣料金債権合計二七六万三四三二円を有していたことから、被告は、原告に対し、平成一一年六月七日から同年八月一八日の間に、同年五月から同年八月までの間の本件利用料金合計二八三万一九九一円と、被告の原告に対する労働者派遣料金債権合計二七六万三四三二円を対当額において相殺する旨の意思表示をして、同年八月一八日、原告に対し、相殺後の残額六万八五五九円を支払った。
6 これに対し、原告は、被告が本件利用料金債務二七六万三四三二円のうち、労働者派遣料債権と相殺できるのは、同年五月一日から同月二四日までの間の六一万〇五三五円にすぎず、その余は法一六三条二号により相殺が禁止されているとして、被告に対し、二七六万三四三二円から六一万〇五三五円を控除した二一五万二八九七円の支払を求めたが、被告は、本件利用料金債務は、法一六三条二号但書により相殺が認められると主張して争った。
三 争点
被告の原告に対する本件利用料金債務は、法一六三条二号但書に規定する、「更生手続開始の申立があったことを知ったときより前に生じた原因に基づき債務を負担した場合」にあたるか。
四 争点に対する当事者の主張
1 被告
(一) 法一六三条二号但書は、更生会社に対する債権を有する更生債権者や更生担保権者が、更生会社及び更生債権者、更生担保権者の作為などが介在することなく更生会社に対する債務を負担し、結果的に債権債務関係の対立が生じるに至った場合や、更生会社の危機状態について悪意になる以前から更生会社に対し債務の負担を予定し、債権の回収について相殺による担保的作用を信頼していた場合など、更生会社に対する債務負担について相殺を認める合理的理由がある場合に相殺を認めた規定である。
(二)(1) 本件利用契約は、継続的利用を目的とする契約であり、被告から解約の申出がない限り継続する内容である。そして、本件利用契約による利用料金は、ポケットベルの利用の有無や利用回数にかかわらず、一定期間に対して一定の料金が発生する内容であることから、ポケットベルの利用に対する対価ではなく、その利用許諾に対する対価であることから、その債務負担は、原告の更生手続開始の申立てがあったことを知った時より前に生じた原因に基づくときに当たる。
(2) 被告は、本件利用料金を当然に継続的な支出として予定し、原告に対する債権との相殺による担保的作用を信頼していたものであり、相殺を認める合理的理由がある。
(三) したがって、本件利用契約に基づく利用料金債権は、法一六三条二号但書により、相殺が許される債権である。
2 原告
(一) 法一六三条二号但書の「更生手続開始の申立があったことを知った時より前に生じた原因に基づくとき」との規定は、債権者が、債務者の危機状態について悪意になる以前に相殺の担保的作用を信頼した場合等、積極的に相殺を認める合理的理由がある場合にのみ相殺禁止を限定的に解除する趣旨であり、直接的な債務負担行為に限定される。
(二)(1) 本件利用契約は、被告がその解除を望む場合いつでも契約を解除できるにもかかわらず、被告は、原告の更生開始の申立てがあったことを知った後もその利用を継続して、本件利用料金債務を負担したものである。
被告は、本件利用契約が更生手続開始の申立以前に締結されたことから、本件利用料金の債務負担行為も更生手続開始の申立があったことを知った時より前に生じたと主張するが、本件利用契約の締結は、間接的な債務負担行為に過ぎず、本件利用料金の直接的な債務負担の原因は、被告が原告の更生手続開始の申立を知った後も本件利用契約を解除せずポケットベルの利用を継続したことにある。
(2) また、被告は、たまたま原告の更生手続の申立て後に原告に対し反対債務を負ったに過ぎず、更生手続開始の申立以前に、原告に対する債権が将来の本件利用料金債務によって担保されているという正当な期待を有していたとはいえず、相殺の禁止を例外的に解除してまで保護する合理的な理由がない。
(3) さらに、原告において、その顧客たるポケットベル利用者が更生債権者である事例が少なくなく、これらの顧客がすべて被告のように更生手続の申立後の利用料金を顧客の原告に対する債権と相殺したとすると、更生会社の事業収入の相当部分が更生手続の申立後に相殺によって支払われないことになり、その結果、更生会社の再建が困難となり、更生手続の目的を達することができなくなってしまう。
(三) したがって、被告の本件利用料金債務は、被告が、原告が更生手続開始の申立てがあったことを知った後に負担した場合に当たり、法一六三条二号但書に該当しない。
第三争点に対する判断
一 被告の、原告に対する、別紙「利用ポケベル一覧表」記載の平成一一年五月から同年八月までの本件利用料金のうち二一五万二八九七円は、被告が、原告の更生手続開始の申立てがあったことを知った以降に負担した債務であることは当事者間に争いがない。そこで、被告の本件利用料金債務が、原告の更生手続開始の申立てがあったことを知った時より前に生じた原因に基づき負担したといえるかどうかを検討する。
二(一) 会社更生などの倒産処理手続における相殺制限の目的は、債権者を平等に取り扱うという要請によるものであり、更生債権者が更生会社に債務を負担している場合に無制限に相殺を認めると更生会社の財産の減少を招き、更生手続に支障を来すとともに、相殺を主張する更生債権者に更生手続によらずして不当な利益を与えることになり、債権者の平等に反する結果になることから、法一六三条二号本文は、更生債権者の債務負担が、更生手続開始決定前の危機状態におけるものである時、その危機状態につき悪意であることを要件として相殺を禁止しているのである。
(二) これに対し、法一六三条二号但書において、「更生手続開始の申立てがあったことを知った時より前に生じた原因に基づくときは、この限りではない。」として相殺禁止の除外規定が設けられたのは、債務負担の原因が更生手続開始の申立て等の危機状態の前にあるにもかかわらず相殺を禁止するとすれば、相殺の担保的作用を信頼する債権者に酷な結果になるからであって、本号本文に該当する場合であっても、更生債権者が、更生手続開始の申立て等の危機状態について悪意となる以前に相殺の担保的作用を信頼しているような、特に相殺を認める合理的理由がある場合にのみ、相殺を禁止する規定を解除する趣旨の規定であると解される。
(三) 右のように解すると、結局、積極的に相殺の担保的作用を信頼している債権者を保護すべき理由となる債務負担の「原因」に当たるとされるためには、単に債務負担の基になった契約が危機状態以前にされたとするだけでは足りず、その債務負担が危機状態以前に発生しているなど、更生債権者に相殺期待を生じさせる程度に直接的なものに限られると解すべきである。
三(一) 本件利用契約は、原告の更生手続開始の申立てについて被告が悪意になる以前に締結されており、そして、申立て以後も被告が解除しない限りある程度は利用が継続することが予想される契約関係であり、その利用料金は、ポケットベルの利用の有無や利用回数にかかわらず、一定期間にあらかじめ決められた一定の料金が発生する内容になっている。
(二) しかし、本件利用契約によれば、本件利用行為を継続するかどうかは被告の意思により、被告は、あらかじめ原告に通知することにより、本件利用契約を解除することができることからすれば、被告は、本件利用契約時に、危機状態以後においても必ず本件利用契約を継続し、本件利用料金債務が相殺に供されることを信頼したとまではいえない。
(三) たしかに、被告は、本件利用契約を解除するためには、原告に対し、契約を解除した当該月分の基本使用料等の利用料金を支払う義務があり、解除により不利益を受けるといえなくもないこと、さらに、被告は、原告の更生手続開始の申立てがあったことを知った後も、本件利用契約を継続し、本件利用料金を負担したのは、被告の原告に対する、労働者派遣料債権と相殺できると思ったからだとも窺われるが、右事情によっても、被告が原告の危機状態以前に相殺の担保的作用を信頼していたとまではいえない。
四 そうすれば、被告の本件利用料金債務の負担行為は、被告が、原告の更生手続開始の申立てを知った時より後に生じた原因によるものと解されることから、これに反する被告の主張は採用できない。
五 結語
以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認め、主文のとおり判決する。
(裁判官 城内和昭)